黒板に向かい板書をする木村先生の横顔

【よしか暮らし】広い世界を見て気づいた、僕が吉賀町で先生になった理由

目次

    吉賀町には、現在、全校児童14名が在籍する長い歴史のある『蔵木小学校』があります。この学校で教員を務める木村先生は、
    かつて、鉄道の運転士や鉄道観光のインバウンド担当として、都市部や海外を舞台にキャリアを積んできました。
    鉄道関係で働いてきた木村先生が「教員」の道に進むことになった理由とは。

    働く中で、ふと立ち止まって思い出したのは、かつて自分を温かく導いてくれた「小学校の先生」の姿でした。

    「今度は自分が子どもたちの個性を育む存在になりたい」
    その想いに突き動かされ、今、子どもたち一人ひとりに寄り添う日々を送っている木村先生に教育への想いと、移住して感じた「田舎の贅沢」を伺いました。

    人生のレールを乗り換え、あこがれの教壇へ

    ――吉賀町はお父様の実家だったのですね。

    はい、わたしは神戸市で育ちましたので、盆と正月の田舎への帰省は待ち遠しく、夏は川遊び、冬は雪遊びが楽しみでした。祖父母から送られてくる美味しいお米や野菜で育ちました。
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    ――教育大学を卒業後、あえて一度「鉄道会社」という全く異なる世界へ飛び込まれたのは、どういった想いがあったのでしょうか。

    話すと長くなりますよ(笑)。実は……僕はとても個性あふれる子どもだったんです。小学校5・6年生の時の担任の先生が、やんちゃだった僕を決して見捨てずに育ててくれた。そんな先生に心からあこがれて小学校の先生を目指していました。ところがいざ就職となったときに、未熟な自分がこのまま先生になっていいものかと悩んだことで他の道を探すようになりました。

    小さい頃から鉄道が大好きだったこともあって、就職活動では鉄道会社に応募し、採用され、そこから駅員を1年、車掌を1年、そして運転士を5年務めました。約300人の多様な社員と働く中で、周囲との関係構築には工夫をしたり苦労をしました。どうすれば円滑に意思疎通ができるかという「コミュニケーション術」を徹底的に学ぶ場でもありました。その後本社勤務となり、アジア各国を飛び回るインバウンドPRの仕事に就いてからそのきっかけとなる出来事がありました。自分の個性を活かしたアイデアを提案したりと意欲的に取り組んでいたある日、上司から「この組織に個性は要らない」と言われたんです。その言葉に、ふと立ち止まってしまって…。

    ――「個性」を大切にしたい先生にとって、それは大きな違和感だったのでは。

    はい。僕の心の奥底には、個性が強かった自分を導いてくれた、あの小学校の先生への憧れがずっとありました。「自分らしく、誰かの個性を育てる仕事がしたい」という想いが確信に変わり、教員への道を歩む決心をしました。

    移住担当の父に相談し、島根での再スタート

    ――そこから、どのような道のりで吉賀町での教員生活をスタートされたのですか?

    当時は鉄道会社の本社があった奈良県に住んでいまして、そこで教員採用試験を受けました。吉賀町の思い出があったので「小規模な学校で教壇に立ちたい」と希望していましたが、最初の配属先は大規模校だったんです。そんな折、改めて吉賀町へ帰省したときに、この町の唯一無二の魅力に改めて心打たれました。ちょうど役場で移住担当をしていた父に相談したところ、背中を押されまして。改めて島根県の採用試験を受け直し、縁あってこの町へ帰ってくることができました。

    「当たり前の贅沢」を子どもたちの誇りに

    ――その後、蔵木小学校に着任された木村先生は、子どもたちに自然の中で多くの経験をしてほしいと試みてこられましたね。

    吉賀町は自然が豊かな町なので、誇れるものがたくさんあります。心の中にふるさとの美しさや楽しい思い出が残ったら嬉しいですし、いつかは「帰ってこよう」と思ってくれたらもっと嬉しいですね。バードウォッチング、釣りやサイクリングなども、ふるさと吉賀町を思い出したときに心に残ってくれたらいいなぁと思います。有機栽培の野菜や川で捕った魚を使った調理活動も、地域の方々と一緒に行っているんですよ。

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    一人ひとりと向き合い、健やかな成長を支える学校づくり

    ――子どもたちと向き合う上で、先生が特に大切にされていることを教えてください。

    どうしても子どもたちとの距離が近くなりがちですが、礼儀作法や言葉遣いなどに気を配り、学校が「オフィシャルな場」であることを意識できるように心掛けています。

    全校児童14名に対して教職員が10名。担任はありますが、全員で子どもたち一人ひとりを見守る体制です。ふるさと吉賀町の良さを伝えると同時に、外にある広い世界についても知らせていきたいですね。
    kimura8春休み前の一コマ。卒業生二人を見送り、次年度は一人の児童を担任する。

    都会を知るからこそ再発見した、吉賀町の日常という贅沢

    ――都会での生活が長かった先生ですが、実際に吉賀町で暮らし始めてみて、改めて気づいたこの町の「本当の贅沢」は何だと思われますか?

    まず、水道水がグビグビ飲めて美味しいですね。水不足の心配もほとんどありませんし、自然災害が少なく安心して住めることも魅力です。給食に地元の有機栽培のお米や野菜が使われているのも本当に贅沢なこと。家で美味しいお肉や鮎、採れたての野菜でバーベキューや会食をするのも楽しみのひとつです。地域のマラソン大会やソフトバレーに参加して、一緒に楽しい時間を過ごす仲間も増えました。
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    おわりに

    玄関ホールには自然豊かな蔵木地区の花の写真が一面に飾られていました。元気いっぱい見送ってくださる木村先生。ありがとうございました。
    (文:野見山朋子/高津川てらす)


    【島根県で教員として働いてみませんか?】 木村先生のように、あなたの経験や個性を島根の子どもたちのために活かしてみませんか。教員免許をお持ちの方、移住を検討されている方、採用に関する詳細は以下のサイトをご覧ください。

    ▼島根県公立学校教員採用情報(島根県教育委員会) https://www.shimane-kyoinsaiyo.com/

     

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